かつて町には貸本屋というものがあった。本を賃貸しする職業である。子供たちがよく利用し、繁盛していたものだった。
少し前、知人の書いたこのような文章をみて、惜しい、と思ったことがある。「本を賃貸しする職業」の部分である。
この場合、「職業」というよりも「商売」のほうが語感がぴったりくるのだ。
かつて町には貸本屋というものがあった。本を賃貸しする商売である。・・・
どちらを選ぶかによって、言葉の色、つまり、描写によって見えてくる風景が違う。「商売」にすると町中で子どもたちがお金を持って貸本屋にゆき、本を選んでお金を払って持ってゆくシーンまで想像が拡げられる。
「職業」でも意味は通じるが、お店で業務に従事している人のイメージが強くなる。
「職業」はどちらかといえば業務としての仕事を表すが、「商売」のほうは営利・経済的なニュアンスを含んでいると言えるだろう。
ここで、たとえば「医者という職業/〜という商売」と書いてみるとニュアンスの違いが分かるのではないか。
もちろん「業務としての貸本屋」つまり貸本業の説明を意図した文脈ならば、「職業」を選んでもよい。どちらが正解という訳ではなく、どういうニュアンスで表現したいのかによって、使い分けるものなのだ。
さて、こういった類義語のニュアンスの違いを知って使い分けるためには、どうしたら良いだろうか?
単純にボキャブラリを調べるには、世にあまた存在する類語辞典のいずれかをひもとくのが良いだろう。ニュアンスが体感的に分かるならば、それぞれの語彙を、書こうとする文章にあてはめてみて、しっくり来るものを選べばよい。
しかし、ニュアンスを区別するときによく分からない、つまり言葉の選択に自信が持てないような場合はどうだろうか。そのときは、岩波書店「日本語 語感の辞典」のような、類語の違いを解説している辞典をひもとくのも良さそうだ。
たとえば、オンライン小説で文章を奇妙に感じるとき、助詞、名詞、形容詞などのボキャブラリの選び方が適切でない場合がおおい。
適切な用語を選ぶことで、文章のイメージが明確になり、描写も締まってくることが期待される。もちろん内容のない文章はいくら美文でもつまらないものだが、的確な文章力があれば、表現しようと思っている内容を最大限活かすことも、あるいは、可能だろう。
これは一つのスキルであり、音楽なら譜面が読めたりソルフェージュができるようなものなのだろう。日頃の鍛錬が必要である。
Originally published at https://note.com on September 23, 2020.